産業医面談を受けたくないという方の中に、「退職勧奨されるから」「クビにされるから」とおっしゃる方がおられます。産業医の立場からすると、「そんなことありませんから、ぜひ面談を…」と思うわけですが、実際にそのように思われる方はおられます。
やはり産業医と言いますと、「企業とグルになって、クビにしようとする」といったイメージをお持ちの方もおられます。健康上の問題で「復職はもう少し待った方が…」と提案したりしますと、途端に「あ、この産業医は退職させようとしている!」と思い込んで、態度を頑なにされるということもあるわけです。
ですが、そのようなことはないという理由について今回は書いてみたいと思います。
産業医の職務について
「産業医の職務」は法律上(安衛則第14条第1項)、下記の9つの分野に記載されています。
1) 健康診断の実施とその結果に基づく措置
2) 長時間労働者に対する面接指導・その結果に基づく措置
3) ストレスチェックとストレスチェックにおける高ストレス者への面接指導その結果に基づく措置
4) 作業環境の維持管理
5) 作業管理
6) 上記以外の労働者の健康管理
7) 健康教育、健康相談、労働者の健康の保持増進のための措置
8) 衛生教育
9) 労働者の健康障害の原因の調査、再発防止のための措置
これを見るだけでも、あくまでも、産業医は労働者の安全・健康を守るために存在しているわけであり、「社員さんに退職を勧める」なんてことはそもそも産業医の仕事ではないということがおわかりいただけると思います。
面談で退職勧奨をしたりするなんてことは、産業医として明らかに職務を逸脱した言動と言えると思います。ましてや、社員さんをクビにするなんて権限もありません。
ほとんどの社員さんが、「産業医の仕事ってなに?」「産業医って何をしてるの?」ということはおわかりいただけていないと思います。まずはこんなことをしてるんだな、というのをご理解いただければと思います。
産業医の権限とは
産業医の権限の一つに、「勧告権」があります。「勧告権」とは、耳慣れない言葉かもしれませんが、要は産業医が企業にある行為をするように求めたり、またはしないように求めることができる、ということです。
この「勧告権」、労働安全衛生法第13条第5項には、下記のように書かれています。
産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない
とあります。
重要なのは、「労働者の健康を確保するため必要」に実施できるもので、「あなた、退職しなさいよ」「この社員はクビにした方がいい」なんてことは、企業に対して言えるはずもありません。
糖尿病のコントロールが上手くいっておらず、「治療して安定するまで夜勤禁止」「残業禁止」といった「就業制限」をかけることはありますが、「退職勧奨」をするまでの権限はありません。
「産業医面談」が間接的な原因で退職となるケース
ただ、社員さんが退職せざるをえなかったケースで、「産業医面談」が間接的な原因となりうることはありえます。
就業規則には、病気や怪我により休職していて、「休職期間満了までに復職できない場合は雇用関係を終了する=退職とする」ということが書かれているところがほとんどです。
たとえばメンタル不調で長期休職しておられる方がおり、その方が産業医と面談をしていたとします。休職期間満了ギリギリの瀬戸際ですが、朝になかなか起きることができず、通勤訓練をしてもらっても成功率は半分程度。
こうした状況で、「復職してもOK」と、なかなか言えなかったらどうなるでしょうか。「そのまま復職できず、休職期間満了を迎えてしまった」ということが起こりうるわけです。いわば、「産業医面談」が間接的な原因で退職するということはありうるわけです。
他にも、産業医の暴言が原因で「復帰できなかった」なんてこともありうるわけですが、それこそ産業医が訴訟されてもおかしくなく、あってはならない事態です。
産業医面談に納得できない場合の対処法
もし「産業医から、退職勧奨をされるようなことを言われた」「クビにされるといった脅しを受けた」ということでしたら、まずは人事・上司などにご相談いただいてみてはいかがでしょうか。
産業医に問い合わせが行き、「退職勧奨はした意図はなく、つい言葉が行き過ぎていた。申し訳ない」といった釈明されることもあると思います。やはり面談の場だけで顔を突き合わせるだけの関係ですから、言葉の行き違いというのもあると思います。
ともすると産業医面談は「密室」ということになってしまいがちですので、不安を感じたら「人事の担当者や上司に同席を求める」ということも一つの手ではあると思います。