産業医としての働き方としては、大きく分けて「常勤産業医」「嘱託産業医」の2パターンがあります。今回の記事は、後者の「嘱託産業医」についてであり、具体的なイメージとしては、「基本的には月1回、企業を訪問してバイトを行う」というものです。
嘱託産業医は、産業医を専業として行っているドクターばかりではなく、開業医や勤務医の先生方が「臨床だけでなく、産業医も」といった感じでバイトを行っているというケースが多いように思います。
そこで今回は、バイトの始め方から、業務上のポイント、バイトを行う上での注意点についてお知らせできたらと思っております。
嘱託産業医バイトでの業務内容
嘱託産業医バイトでの業務を大まかに言いますと、
・職場巡視
・安全衛生委員会への出席
・健診判定業務(就業可能かどうかを判定し、必要があれば受診勧奨を実施する)
・面談業務(長時間勤務者、メンタル不調者、高ストレス者でなおかつ面談希望者などが対象)
といったものがあります。基本的には「職場巡視・安全衛生委員会への出席」で業務終了、ということが大半だと思います。
職場巡視について
まず職場巡視についてですが、一般的な事務作業を行うオフィスと、製造業などの企業の工場とでは大きく異なってきます。
企業によっては、「チェックシート」があり、安全・衛生管理をする上でどのようなポイントをチェックすれば良いのか、まとめたシートを用意しているところもあります。ですが、そのようなものがなく、「先生のお好きなように巡視してください」というところもあります。
ですが、産業医未経験の場合は「どこを見たらいいのやら…」となってしまうと思います。そのような時、
こうしたチェックシートを持参して行きますと、何を見るべきか分かりますので、非常に参考になると思います。巡視後、チェックした内容について、担当者(衛生管理者など)にフィードバックして対応・改善策について話し合いましょう。
安全衛生委員会のポイント
衛生管理者が司会・議事進行をすることが多く、そこに出席した上で、意見を求めたら話をする、という形式が多いように思います。
ただ、急に「何か意見はありますか?」と振られても、「えーっと…(何を話せばいいやら)」となってしまって困ってしまうこともあるでしょう。ですので、あらかじめ「この季節はこうした話題を話そう」「最近のトピックスについて、少し触れておこうか」という、「話のタネ」を準備しておくのもよろしいかと思います。
に、月ごとにどのような話題・トピックスを選んだらいいのかという例を示しておりますので、ご参考にしていただければと思います。
面談でのポイント
産業医経験のあまりない先生方にとって、一番困ると思うのが「面談」であると思います。実際のところ、開業医の先生方で「あくまでバイトで産業医をやっている」という場合、なんだかんだ理由をつけて(忙しくて時間がとれないなど)面談をやんわり断る、という方も多いです。
長時間勤務者面談などについては、「この用紙を埋めてください」というフォーマットが用意されていると思いますので、それに沿って話を聞いていけばいいと思われます。一方、困ってしまうのが「休職者に対する、復職の可否を判定する面談」「メンタル不調者の面談」などだと思います。
まず、休職者の復職可否判定の面談ですが、
・診断名、主な症状、病状の経過について聴取(少なくとも休職により改善が見られているかどうか)
・主治医によって「復職可能」の判断がなされているか。復職可能な場合、復職に際しての何らかの就業制限はついているか(残業禁止、時短勤務など)。
・メンタル不調者の場合、ストレスの要因は何なのか(人間関係、業務内容や量など)。
上記について確認を行い、「復職可能と判断しますが、復職後1ヶ月は残業禁止とします」といった意見書を作成することが多いと思います。
「復職に際しての、主治医の意見を確認していません」ということでしたら、「私は復職可能と思いますが、主治医の先生の意見を聞いてきて、復職可能かどうかについての判断を記載した診断書ないし意見書をもらってきて人事側に提出してください」といったことを指示しておきます。
面談後は、面談内容、産業医としての判断・意見とその根拠、次回の面談予定などについて人事側へフィードバックしましょう。
メンタル不調者の面談では、
・どのような症状があるのか(とくに不眠症状、抑うつ傾向、業務上のパフォーマンス低下があるか)
・ストレス要因はなにか(人間関係、業務内容や量など。プライベートのことが原因である場合もあります)。
・精神科や心療内科に通院しているのか。
・休職希望の有無の確認。
などについて、とりあえず話を聞いていきましょう。話を聞く際には、傾聴・共感の態度であることをお忘れなく。
その上で、精神科・心療内科に通院をしていない場合は、症状に応じて(特に不眠症状などが出ている場合は)受診を勧めます。その上で、「受診後に、もう一度面談をしましょう」と予定を入れておくとよろしいかと思います(主治医から休職を勧められることも少なくありません)。
面談後には、休職者の面談同様、人事側へフィードバックを行いましょう。特に、「どのようなことをすれば負担を軽減できるのか」という視点でアドバイスすることが大事です。
時給・報酬について
嘱託産業医の報酬としては、他の医師のバイトと同様、「時給1万円」といったところが多いように思います。
ただ、職場巡視や安全衛生委員会のため、月1回の訪問で「1回2万円」といった形で報酬が決まっているところが多いように思います。また、複数の事業所を一括して依頼されることもあり、「午前中いっぱい、事務所めぐり」ということを行うバイトもあります。
嘱託産業医バイト求人の見つけ方
嘱託産業医バイトの求人数が比較的多く、見つけやすいサイトとしては、「医師バイトドットコム[PR]」と「民間医局[PR]」があります。
まず、医師バイトドットコム[PR]での嘱託産業医求人の見つけ方としては、次のようになっています。
定期医師求人の検索ページから、「科目」をタップします。
科目の中で、「その他専門」があり、その中から産業医のチェックボックスをチェックします。それで検索すれば、産業医の非常勤バイト求人が出てきます。
民間医局[PR]では、次のように求人検索ができます。
まず、定期非常勤求人のページを開き、下にスクロールしていきます。
「勤務内容」があり、そこで「産業医・ストレスチェック」のチェックボックスをチェックし、検索をかけます。
こうした方法でそれぞれ求人検索ができますが、それぞれのサイトで登録を行い、その上で「このエリアで産業医の求人を探しています。ありますか?」と相談をしてしまう方が手っ取り早いと思いますので、そのような方法も試してみてはいかがでしょうか。
嘱託産業医バイトのメリット・デメリット
嘱託産業医バイトは、一般的な外来や当直などの臨床バイトとはやはり異なるため、その特色を知っておくこともまた重要です。
嘱託産業医バイトを行うことでのメリットそしてデメリット、特に臨床バイトとの違いから捉えた違いを知った上で、バイト開始のご検討をしていただければと思います。
メリット1 短時間・低負荷
「午前中だけの外来バイト」などと比較して、嘱託産業医バイトは短時間で済みます。職場巡視と安全衛生委員会だけであれば、1時間以内に終わってしまうことも多いかと思います。
また、業務負担としてもかなり低負荷な業務です。ですので、勤務医として働いていらっしゃる先生方にとっても、続けやすいバイトではないか、と思います。少なくとも、1日中、外来バイトを行うということよりは低負荷ではないでしょうか。
メリット2 つぶしが効く
一度、産業医の業務を覚えてしまえば、他の企業でも基本的にはバイトが行えますし、業務内容としても、慣れれば十分に対応は可能であると思います。また、「経験者」ということであればより採用率も高まると思います。
常勤産業医と違って、「この企業の専任」ということではないので、複数の企業と契約することも可能ですので、慣れてきたら契約数を増やすということも考えてよろしいのではないでしょうか。
また、勤務医以外で働くことを望んだ時に、「常勤産業医」という転職も考えることができると思います。こうした「選択肢が増える」という点も、嘱託産業医バイトのメリットと言えると思います。
メリット3 産業医としての「視点」が増える
産業医の業務、特に社員さんと面談する機会がありますと、「この社員さんは働くことができるのだろうか?」「どのような就業制限や、どんな職場の理解や配慮があれば働くことができるだろうか?」といった産業医としての視点で話をすることになると思います。
それはつまり、臨床医の視点だけではなく、「産業医の視点」も新たに増えることになります。日頃、外来診療をしている際に、なかなか考えが及ばない「働く上で、どのようなことに留意してもらう必要があるのか」ということを考えられるようになると思います。
こうした視点がありますと、「会社に提出する診断書を書いて欲しいのですが」と求められた際に産業医としての経験が活きると思います。
メリット4 「休眠資格」の活用
認定産業医の資格を取得するとなると、最低でも50時間、そして産業医科大学の集中講座などを受講したとすれば、10万円以上の金額がかかっていることになります。さらに、認定産業医の資格を5年ごとに更新するにも時間やお金がかかっているわけです。
そうした時間もお金もかかっているのに、勤務医や開業医の先生方が、ただ産業医の資格を眠らせているだけでは非常にもったいないです。せっかく産業医の資格を取得したのならば、やはりぜひバイトという形でも活用してはいかがでしょうか。
デメリット1 求人数が少ない
嘱託産業医のバイト求人数は、臨床バイトと比べてやはりかなり少ないです。また、「希望する通勤エリアにはない」ということも稀ではなく、「遠く、通勤しづらい場所」に行かなければならないというケースもあります。
嘱託産業医バイトを始めようと思っても、「なかなか希望の求人がなくて応募できない」ということもあるので、その点はデメリットの一つだと思います。
デメリット2 「一社で大きく稼ぐ」は難しい
外来バイトを1日やれば、8~9万円近く稼げるということも稀ではないと思います。一方で、嘱託産業医バイトですと、「一回の訪問で2~3万円(月2~3万円)」ということが多いので、「一個のバイトで大きく稼ぐ」ということは難しいと思います。
そのため、できることならば臨床バイトと並行してバイトを行う、あるいは複数社を担当して稼ぐ、ということでバイト代を稼ぐことが望ましいところです。
デメリット3 「契約終了」もありうる
産業医としての経験に乏しいと、企業の要望するレベルの仕事が行えない、ということもあります。また、コミュニケーションが上手くいかないといったことが重なりますと、「契約の更新はしません」と告げられる可能性もあります。
もちろん、臨床バイトであっても「契約打ち切り」ということもありえますし、外来バイトなどに比べて「経済的に痛くはない」ということも言えますが、「片手間のバイト」などと思ってしまい、いい加減な対応をしていますと、このようなこともありえます。
ですので、嘱託産業医バイトを始めるということでしたら、「契約終了もありうる」と思って臨んでいただければと思います。
嘱託産業医バイトの注意点
産業医という仕事をしていますと、やはり病院とは異なった環境で働くことになるため、その環境に対応していく必要があります。病院の常識が、世間の常識ではない、ということを肌感覚で感じる可能性があります。
そのため、「バイト」とは言えど、やはり産業医として働く以上、しっかりと注意をしておくべき点があるのはたしかです。ぜひ、次のような点についてはご留意いただければと思います。
注意点1 社会人マナー
服装・言葉遣い・挨拶など、最低限の社会人マナーについてはしっかりと守っておく必要があります。また、遅刻をしないことは当然ですが、不測の事態で遅刻をしてしまうような場合は、たとえわずかでも連絡を入れるようにしましょう。
ある程度は「医師だから」と大目に見られることもあるかもしれませんが、病院以上に「シビアな目を向けられている」ということについては認識を新たにしておく必要があると思います。
注意点2 自らコミュニケーションを
社員の方々、特に人事労務担当者に話を聞くと、「産業医の先生には、やはりなかなか話しづらいです。仕事を依頼するのも躊躇われてしまって…」ということが結構あります。
そのため、産業医側から歩み寄って、「積極的にコミュニケーションをとろう」という姿勢は重要であると思います。職場巡視で同行してくれる衛生管理者の方や、面談後にフィードバックを行う人事の方など、自分から話をしにいくということが必要になると思います。
こうしたコミュニケーションから、「あ、この先生は話ができそうだ。仕事を頼んでもイヤな顔をしなさそうだし、面談を依頼してみようか」といったことに繋がることもあります。やはり、信頼関係がある程度築けませんと、こうしたことにはなりませんので、コミュニケーションをとることは重要です。
注意点3 面談での言動に注意を
面談での不用意な発言によって、「傷つけられた」「失礼なことを言われた」といったことからトラブルに発展することもあります。
たとえ悪意がないにせよ、そう受け取られてしまう可能性があり、面談をした社員さんにより人事側へクレームを入れられるということもあったりします。それならまだしも、関係性がこじれた結果、「復職を妨げられた」「退職へ追い込まれた」と訴訟に発展し、産業医の発言が問題視されたというケースもあります。
注意点4 臨床医との違い
臨床医の先生方の仕事のメインは「診断・治療」であり、問診・診察や検査で診断をつけ、治療を行うという流れであると思います。症状などに困った患者さんがやってきて、治療によって解決を図ろう、という目的になっているのではないでしょうか。
一方、産業医の仕事、特に面談で依頼されることとしては、「部下が最近、遅刻や欠勤が続いて困っているんです。先生、面談してもらえませんか?」といった相談事が舞い込んできます。
話を聞くと、どうやら業務でストレスを抱えており、最近夜、眠れていないことが判明した場合、やはり「精神科を受診しましょう」といった受診勧奨を行うことになると思います。それで受診し、軽度のうつ病と診断され、治療が始まった…で終わって良いわけではありません。
業務負荷を軽減してもらえるように人事や上司にかけあうといった調整が必要になります。また、場合によっては休職が必要と判断することもあります。つまりは、「働けるかどうか」「働くためにはどのような就業制限が必要になるのか」といったことまで考える必要があるわけです。
もちろん、休職については主治医の意見を求めたり、就業制限は実務的には一人で考えるわけではなく、本人、上司、人事などと話し合いをした結果で判断していくことになると思いますが、その中で中心的な役割を産業医は演じる必要があると思います。
産業医としては、こうした事例性(最近遅刻が多いといった、職場での困り事)と疾病性(疾病かどうか、診断は何か)の2つの視点を持ち、事例性で困っていることに、医療者の視点からどうアプローチしていくか、ということが必要になっていくと思います。